黒澤尻見聞古記 21 直心の娘惣四郎にかどはかされし物語

一、元祿十二年卯の六月廿八日の晝四ツ半時分に出家參り問申候は、半助殿にあい申度しと申候。拙者罷出何方より御出被成候と申候へば、出家申候は、拙者儀は花卷川口町に居候勘四郎に御座候定而見知り被申間敷候。只今は道心に罷成直心と申候。就て貴殿に相談仕度事有之候と申候。拙者申候は如何様之儀に御座候と申候へば、直心申候は、四年以前に四月の頃、御新田町市に拙者娘年十四に罷成を遺し申候處に、何方へ參候哉行末見へ不申候。拙者存候はたれそにかとわされ申候哉と存じ、爰元へも兩三度參候て方々と相尋候へ共終に見付不申候。さりとは無念に存候。何と仕尋可申哉と仕案仕候て水澤大りん寺へ參り弟子に罷成壹年奉公仕り、御暇申請夫より仙臺御領無殘旁々と相尋候へ共見付不申、とかく江戸にて相尋可申と存じ、本道へ罷出段々江戸近所迄相尋候へ共見付不申候。仕案仕江戸へは參間敷候本道筋に居申候哉と存じ又近所より後へ戻段々尋申候處に、本宮と申所にて娘見付候。何とて是迄參候哉と娘に様子相尋候へば、黒澤尻村御新田町惣四郎と申者に被賣、相去町清九郎と申者買、同町七十郎所にて四五日居り、夫より岩屋堂錢町勘之丞と申者之處に三十日程居り、夫より神成町平兵衛と申候處に居、段々是迄參候。就て段々付届ケ仕參候。新田町へ參り候而、惣四郎相尋候へば貴殿ふれ所に參居候由承候。就て本町へ參尋惣四郎居候所へ參候而拙者娘賣申段、申候へば拙者一切不存と申候。夫故貴殿に相談仕度しと申候。拙者申候は如何様に相談被成度候哉と申候へば、直心申候は拙僧是より花卷へ參御披露仕候へば、惣四郎儀は墨に可仕と存候。然共拙僧儀か様に身を捨て末世を願申事に御座候人をころし申事いやと存候。然共拙僧娘はたとへ賣申本人其まゝにて置申事も餘り無念に存候間、内内にて惣四郎ついはう被成くれ候へば夫迄と存候。夫にて拙僧無念はれ申事に御座候と右直心申候。拙者申候はさりとて、出家に似合たる御申様に御座候。兎角晩方惣四郎よび様子聞届け所怫申にも相談可仕と相さつ仕候。右の通りに相談くれ候へと申し、九つ時分相去町へ參と申拙者所立のけ申候。即時惣四郎よびに人を遣し候へば、作場へ參候由にて不參、作場へ人を遣候へば、晩方惣四郎參候。拙者申候は直心申通りくはしく話し申候へば、惣四郎申候は成程出家申通に御座候。晝時分にて有之出家拙者所へ參拙僧娘其方何とて賣候哉と申候拙者申候は夫は一切不存候。惣四郎とは何方の惣四郎の儀に候哉、先拙者は一切存不申とぢんじ申候。然共僞無之事に候間、貴殿へ參候上は隠なく可申上と存罷候。たとへ御代官所へ參候へても無隠可申し候と奉存候。拙者仕出したる事に候間、此上はいか様に被仰付候共不及是非に候と惣四郎申候。拙者申候は左様に候はゞ御代官所へ御内分申上、其上何様にも可仕候。其内先五人組合に預申候間、何方へ惣四郎越申間敷と、組合渡し置申候。次日九日に花卷へ參り四戸庄助殿へ委細申上げ候へば、内々にては不及御了簡に候間御役人衆御町奉行衆とも相談仕可申付候間、先組合にしかと預け置候様にと被仰付被歸申候。其晩又組合共よびしかと申渡預け置候。惣四郎親子三人に組合より賄仕番も貮人衆付置申候。其後組合之者共申候は、大事の儀惣四郎になわかけ申か、又筒にても懸け、番仕度と願申に付、庄助殿に其段申上候へば、尤に候間願次第に可仕候由、就て川口町五兵衛所より筒とりよせ、七月十一日より筒かけ置申候。花卷御城にての御相談待居申候。然者七月十七日に直心拙者方へ參り候ひて申候は、承候へばね惣四郎に筒懸け置申由承候。公儀より左様に被成候哉と申候。拙者申候は公儀へ御披露に不仕候。拙者一分にて仕候と申候。直心申候は、相去町にて半金相出し可申候間、勘忍仕てくれ候様にと申候。相濟可申と存候へ共、相去町濟候ひても此方の御せんぎに成候へば濟申事も不相成候。それにて様子承り、貴殿一分に候はゞ、内々にて相談可仕と申候。拙者申候は二三日も過候はゞ又此方へ可被參候。其内内談仕可の道相談可申候間、左様に心得様にとし申返候。然は花卷より被仰付候は、直心相尋惣四郎共に召連參候様にと被仰付候。惣四郎に口上書上げ候様にと被仰付候。幸同廿八日に直心參候を留置、花卷より貴僧に御尋被成候事有之候間、此方に居、拙者と花卷へ參候様に御役人衆へ罷上候はゞ、先達之通内々にて濟由渡しと申上くれ候様にと直心に申候へば、委細相心得候由にて廿九日に直心・惣四郎召連御臺所へ參候。直心前之通申上候。惣四郎口上書指上候、其通僞も無之申上候。其時惣四郎はろうしや被仰付候。直心は拙者に御預け、惣御町中にて賄仕様にと被仰付、惣四郎が女房、子松五郎貮人は組合、惣四郎ろう居之所へ三人置、御町より直心に番貮人、組合より妻子に貮人も四人番付置申候。其後御城代衆高野庄兵衛様、御町奉行衆戸來治五右衛門様、御兩人、惣四郎口書、直心口書、盛岡へ御持參御老中様へ被仰上候に、御老中様被仰出候は取土候へは大分の事に罷成候。右直心口書に内々にて相濟申度しと申所有之候間、檢斷に申付檢斷一分にて濟し候様に、直心娘を惣四郎貮朱半に賣候は、五人組に申付貮歩半之身代金、直心方へ相返し、惣四郎儀に付以後一言も申間敷と申手形を取、内々にて爲濟候様にと被仰出候由にて、御代官衆庄助殿、六右衛門殿、後兩人より被仰付候に付、組合へ申付候へば、拙者共手前より相出し申様無御座候間、惣四郎が女房、子松五郎組合へ被下度候。左候は、組合に而は賣貮歩半之金子相出し可申と申に付、其段申上候へば、尤に候間、右之妻子組合之者共に可被下由にて被仰付候。組合之者共難有奉存女房は同町源四郎金壹歩相出し請取、松五郎は御代官六右衛門殿金壹歩半相出し、五人組之者共く□□に罷成、町より肝入、惣兵衛あて所に仕書物仕候。合て貮歩半之金子組合より請取、右直心に申候は毎々より内々にて相濟申度と貴僧娘を惣四郎が相去村清九郎に金貮歩半に賣申由に御座候。右貮歩貮朱の金子五人組に申付、爲出可申候間、是にてかんにん可仕哉と申候へば、直心申候は毎々より申上通り、右様にも埓明被下候はゞ、成程惣四郎儀に付以後一言も出入申間敷を直心申候。拙者申候は左候はゞ惣四郎儀に付て一言も申間敷きと申書付、尤貮歩半の金子共に請取申、手形仕候様にと申候へば、直心手形拙者方へ越申候に付、即時金貮歩半相渡申候。

　元祿十二年八月十日のばん組頭三十郎所にて夜の五つ時分に埓明申候。次日十一日に直心相去町へ參候。

　其後惣四郎ろうしや仕居候故、妻子共に御町中より賄仕候。九月に罷成候へ共、惣四郎儀埓明不申故、其段申上候へば、相去町にて直心事風聞書上候は、惣四郎かた付可申と被仰付故、相去町にての風聞九月廿三日に書上申候へば、閏九月十三日あさ五つ時分に御せいばいに罷成申候