相撲興行-明治27年
2016.12.04 |Category …北上で、…
。。。というか、告知のチラシ?
印刷は盛岡市肴町の北水堂。
明治27年8月は、日清戦争が始まった月だが。。。。
日清戦争「宣戦の詔書」
木戸銭は大人10銭、小人5銭。
●改良大相撲
来る新暦8月289日頃(初日は触太鼓にて御報仕候)より黒沢尻諏訪神社境内に於て晴天二日間興行
拝啓各位様益々御清栄奉賀候陳者我門弟並組合之者共年来御贔屓蒙り候段難有奉謝候就ては右御礼の為め何れも元気の若者を選抜し今回久々にて自身出張之上取組は勿論諸事大改良を加え御高覧に供へ候間賑々敷御来観之程奉上候頓首
27年8月
拝啓-頓首なんだね、初めて見た。
「横綱」が脇に出てる~。
初代・西ノ海嘉治郎が横綱免許を受けたのが1890年で、引退したのが1896年なそうなので、明治27年(1894年)のこれは、まさに初代。
この初代・西ノ海嘉治郎は、相撲史上初めて横綱と明記された関取なそうだ。
これによって名誉職・横綱が、地位・横綱と見なされようになっていくそうで、そうすると、初代・横綱が黒沢尻に来ていた、ということだな。
これ、北上市のスポーツ史としては結構貴重な資料?
そうでもない?
相撲好きが見たら、色々面白いか?
(追記)
興行主?として高砂浦五郎の名前が見えるが、この名、今に続く高砂部屋の開祖なそうだ。
時代的に初代。
姫路藩お抱え力士、四股名は高見山大五郎。
この名前なら、さすがの私も知ってる。
番付表?を見ると他にも、朝汐、出羽の海、小錦、高見山くらいは分かる。
江戸から明治に掛けて相撲を取り巻く環境も変わり、相撲界も結構もめ事があったようだ。
日清戦争も始まる明治27年は、国内外の情勢も、相撲界も混乱期だったのかも。