鬼剣舞のしおり
2017.09.24 |Category …北上で、…
杜陵印刷印行。
印行って、印刷して発行すること。
知らんかった。。。
作画は吉川保正。
この人は、芸術家なのか公務員なのか?
しおりの裏には次の文章あり。
鬼剣舞は岩手県北上市付近数ヵ村にのこる雄壮な踊りで、疫病・剣難・風雨順時・五穀豊穣の祈噸とされております。郷土の詩人宮沢賢治もこれらの踊りに傾倒し「原体剣舞連」という有名な詩をのこしました。
剣難・・・刃物で殺傷される災難
風雨順時・・・いつものように雨や風が吹くこと
原体剣舞連・・・「はらたい」です。「げんたい」と読む人がいますが、「はらたい」です。地名です。
「鬼剣舞」(おにけんばい)は天武天皇の大宝年間、山城の国大峰山で、役の行者が創めたもの、或は羽黒山峰仲大僧都法印が、大日如来の化身と称する一法印から悪魔退散の剣舞(けんばい)として伝えられたといわれています。
天武天皇・・・在位673~686年
大宝年間・・・701年~704年。なので、文武天皇(697年~707年)の間違いじゃないか。
山城の国・・・京都府の南半分。
役の行者・・・役の小角。この縁で京都鬼剣舞は一言主神社冬至の例祭で奉納演舞をしている。今月は茨城の、12月には奈良県の一言主神社で奉納しているようだ。北上は鬼剣舞という財産をもっと多角的に活かすべきだと思う。
康平年間・・・1058年~1064年
純然たる仏道芸能であることはいうまでもありません。舞踊の内容は最初、入込の型から「刀けんばい」「扇合せ」と変り、更に三人加護と三変します。白面の鬼神の出によって、今までの「剣ばい」拍子がガラリと神楽拍子となり、八人で踊ります。