それより猶ほも峯巒に掩はれて進み隧道を出ると右手窓下に仙人鑛業所の溶鑛炉が見えて和賀仙人に入る。
和賀仙人は仙人山の麓に位す部落で後方は和賀川を挟んで縣道に對し交通不便の嫌ひがある。
驛附近にある仙人製鑛所は明治二十八年雨宮なる人の經營に遷つたから幾多の組織を更へて其鑛區坪數六十六萬八千餘坪に及んだが現在は休鑛状態にある。
此の外西南方四里餘にして小阪鑛業所の宇根倉抗場と日本製銅の平松鑛業所はある孰れも現在旺に採掘され居り最近一ヶ年の採鑛量前者は一二〇萬貫後者は五〇萬貫を擧げてゐる。
此處を出て行手に立ち塞がる仙人峠の隧道に蒐る間、和賀川はU字型に屈折して鐡路に並行し、その州鼻一帶の楓葉が渓流に倒映する晩秋の眺めは麗艶である。
次驛大荒澤驛から西南二里の大荒澤鑛山は藤田組の經營に係り、其鑛區八十八萬九千餘坪を有して設備も漸次完成し鑛張を図ってゐる。
驛から東北十丁程にして紅葉の佳境當樂と云ふ所がある。和賀の碧流幾多の巨岩に阻まれて急湍をなす處、その兩面に相迫る峯巒は頗る擴汎に互る楓林で秋霜に惠まれて色映ゆる滿山に配するに珍らしい五葉の姫小松、所謂當樂の松の名高い翠松を以てし只大自然の妙工を驚嘆させられるのみである。交通の便として擧ぐるべきものはないが當驛若くは和賀仙人驛駅から平坦な縣道を辿ればよい。
驛を發して峠山の中腹を本内隧道を潛つて隣驛陸中大石に到るまて、和賀川の景容愈々凡俗の域を脱し、數仭の底に瀬音静かな渓谷を形成して右窓に寄り添う對岸に峭立する連山亦楓林長く々々續いて景到を惹き立て、一たび霜に見舞はれて紅黄葉とりどりに彩られる紅葉美は眞に沿線第一の勝區でその風趣恰も阿賀野川沿岸小花地附近に酷似し而も十數ヶ所の隧道に眺瞰を殺がれる煩がない點に於て彼れを凌駕して餘りあると謂ひ得るであらう。
斯くて再び和賀のせゝらぎに渡した鐡橋を越え、陸中大石の部落を過ぎ隧道を出で巒谿の對照美に飽かぬ名殘を惜しみつゝ三度目の鐡橋に和賀川を遠ざけ陸中川尻に入る。
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