黒澤尻見聞古記 42 覺右衛門女誘拐のこと

覺右衛門女誘拐のこと

 

一、扨又同十月九日之晩方、六つ少し前源十郎、市太夫と申者兩人參候而申候は、拙者共は郡山目あかしこん屋源四郎弟子に御座候。當四月頃弟子にまんと申女もり子に御座候さうとく色御座候に付臺のゆえ越申所に久々戻不申候に付、方々相尋候へば此邊へ參候由承候。然ば當町覺右衛門之女つれ立他領こぶ木町六兵エ所へつ參り女房に相渡し申由承候。然ば右之女段々參石卷みなとわたのは町傳兵衛と申者之所に居申由、金貮兩の借り方に渡され申由に御座候。右之女の親之方よりせんぎに罷成候間、無是非源四郎明日御披露仕筈に御座候間貴樣之御支配に御座候爲念申候と右兩人申候。拙者申候は當所の覺右衛門他領に女つれ參候由、慥かに證據有之哉と申候へば、源十郎申候は、成程慥の證據御座候と申候。拙者候は如何なる證據有之哉と申上候へば、源十郎申候は貴樣の前にては證據人出し申事成不申候。明日御披露仕候へば御公儀樣にて、右之證據相出し可申と申候。拙者申候は其方なと申通僞には有間敷候へ共覺右エ門に樣子相尋不申候へば、返事成兼申候間定而宿可有之段先宿へ參居候樣にと申候へば、源十郎申候は此方に宿一切無之候。先刻此方へ參候時分主殿と申ちや屋へより酒たべ參候と申候。宿無之候はゞ右之ちや屋主殿所へ參居候樣にと申付返し申候。主殿に右兩人之者先置候樣にと申付候。即時覺右衛門五人組合之者共呼寄覺右衛門に申候は、其方かふきれ女もり子つれ立こぶき町六兵衛所へ參り女房に相渡し候由、實證に御座候哉と相尋候へば、覺右衛門申候は、拙者儀は一切存不申と申候。拙者申候は、右兩人之者共慥成證據人御座候と申候、其方じんじ申候而明日に御披露に成候はゞがうもん之上にて正直に可申候。拙者相尋申時正直に申樣にと覺右衛門に申候へば覺右衛門申候は其儀は一切不存儀に御座候。當五月頃か材木之儀に付而左右右衛門にたのまれ、水澤に飛脚に參候時分、相去村うるし林之中より右之女出申候。拙者申候は、其方はけさまで黒澤尻ありき申候が何とて是に參り候哉、御堺目は如何樣に仕通り候哉と申候へば、もりこ申候は拙者共は何方をありき候共子細無之と申候。たばこ壹ぷくくれ候へと申候。たばこは持不申と申候。段々參行へは道づれ仕候。こぶき町六兵衛は兼而知り申者に候故立寄たばこたべ申候。然ば右之女後より六兵衛へ參候。其儘罷り立ち水澤へ參候故、其後は知り不申覺右衛門申候。拙者申候は六兵衛は居候哉と尋候へば六兵衛は居不申と申候。

　拙者存候は市太夫源十郎申通右之女六兵衛女房に渡し申候や、又六兵衛居不申候と申候へば、兩人之者共申通り僞有間敷く、道づれ仕候と申候へ共是はぢんじ右之通り申候と拙者も心得申候。覺右衛門に申候は其方科無之と申候へ共、兩人之者共とが人に拙者方へことわり申候間、先手かねはうち五人組合に相渡し可申候間、御披露之上其方科無之段申披き候はば、手かね取可申候。左樣心得申樣にと申候。五人組合之者共申候は成程御尤に存候。拙者もただ預り申事不罷成候手かねうち候へば緒事不自由に御在候間筒をかけ御渡し被下度と組合之者共願申に付、筒を懸け相渡し申候。其晩御分地紫野より兄弟親類共參り、内々には相濟申度由いろいろ内談仕候。組合之者共を以て市太夫源十郎拙者方へ參候而申候は昨晩御預り申上候覺右衛門儀、昨晩より兄弟親類之衆中、金子貮歩相出し覺右衛門差料一腰ぬかせ可申候間御披露相止覺右衛門助けくれ候樣にと條々詫仕候。ゆるし申度しと存候へ共、貴樣へ申上置候へば、拙者共一分にてもゆるし申事不罷成候。此上は貴樣も御支配に六ヶ敷事あれかしとは不被思召筈に候間、内々にてゆるし申渡存候。此儀は貴樣惣而しらぬふり被成被下度と申候。此一儀は拙者共申上候へば知申事に候。拙者共免じ申候へば、又と此儀は起き不申候間可御心安候。御代官衆へ御内分の仰上候へば内々にて沈め申事成不申候。諸事御存知なき分に仕くれ候樣にと申候。拙者存候は支配中に六ヶ敷儀有之候はゞ何事もなき樣に仕度しと存兼々居申候。此儀は大分之儀に候間又と此儀起き不申候はゞ兩人申通に可仕候。併し右の金子貮歩壹腰請取候而相濟申候重而此儀出來には拙者に苦勞懸申さず兩人請取り埓明可と申、手形仕候は其方次第に可仕と申候へば、成程手形出し可申と申、子細無之と申手形請取置申候。拙者存候は所に何事も無之御公儀樣へ六ヶ敷儀懸け不申に存、右之通に御座候。即時覺右衛門御人組合之者人主覺左衛門よび、覺右衛門儀は其方存候通に候間、無調法者支配に置申事成不申候間、覺右衛門はもと後家に入候へば此方の者に無之候。其先より參候間其元へ相返し申候。覺左衛門に請取只今につ立參候樣にと申相返し候。組合之者共も覺左衛門に相渡しこし候樣にと申付候。覺左衛門申候成程御尤に候間拙者慥に請取申候とて即時覺右衛門つれ立本所御分地紫野へ參候。其節覺右衛門妻子共につれ參度し申候。拙者申候はそれは成不申候。妻子は此方之者に候。覺右衛門は入夫者に候故覺右衛門斗仕申候。妻子は共に其方へこし候へば所ついはうに罷成候左候へば御代官衆へ其段不申上候へば成不申候。然ば右相濟申事皆ほぐれ申候へば、大分の六ヶ敷儀に罷成候。妻子こし申事は不罷成候と申返候。覺右衛門斗相返し申候。其次は女房よび其方親子貮人は此方の者に候間覺右衛門とこし不申何とぞ相つづき居候はゞ又候哉後家は入申者も可有之候間、隨分働候樣にと申付置候。然共段々渡世仕り兼同十二月廿九日に里分村親平右衛門方へ參度しと申に付、五人組合之二郎兵衛門兩人指添え、親平右衛門方へ送届け相渡し申候。扨又寶永四年亥の三月六日に小山田善左衛門様より御用候間、參候樣にと被仰付罷上候處に、本町北はづけに、こぶの付候者可有之と御尋御在候。然に覺無之候。覺右衛門と申こぶ付居候へ共内々に出入御座候に付、去年十月十日に御分地貮つ屋兄覺左衛門に相渡しこし候と申上げ候へば、いか樣の出入にてこし候哉と御尋に御座候。就て書留仕候通くわしく申上候へば、こまかに御書付御城代衆圖書樣へ御上げ被成候へば、盛岡へ其書付即時被遺候由に御座候。其後拙者には何之道御尋無御座候。同八日に風聞に承り候へば、小山田善左衛門樣、金田一八郎右衛門樣御兩人に被仰付、御分地二つ屋覺左衛門の所へおし込、覺右衛門捕に御出被成候所に覺右衛門居申さず候由、兄覺左衛門になわ御懸け花卷へ御出被成候所に、覺右衛門川口町之内かぢ町に借家仕居候由御見被成右御兩人直におし込、覺右衛門になわ懸け二人共にろうしや仕候。次日は覺右衛門斗盛岡へ參候由候。同三月十五日に御代官小山田善左衛門御出被成候而被仰候は、こぶの付候勘助と申者可有之候間、手かね指五人組合迄預け置候樣にと被仰付候故、源助所へよび手かねささし組合に預け置申候。同新町に源之助と申者右同前に被仰付候。次日十六日に右之兩人善左衛門樣つれ立花卷へ御出被成候其節追而御状參り醫者牧庵と申者に御尋被成候事有之御町奉行宮森平馬殿屋敷えこし候樣にと被仰け地頭利左衛門五人組合之者壹人付十六日に花卷へこし申所に牧庵に御尋御返し被成候。盛岡より此御返事參候内は、御病用候共何方へも出申間敷と平馬殿根守治兵衛殿被仰付御返し被成候と牧庵申候。おし付御代官善左衛門殿より牧庵儀地頭組合に預け置候樣にと被成仰付右之通申付置申候。前の勘助儀十六日に盛岡のろうに入申候。同十九日に御尋被遊候へ共勘助科無故申分け仕同廿日にろうしや御免廿日晩夜の八ツ時分に内へ戻申候。牧庵儀久々大屋に預り候へば病用も勤不申候。妻子養可申樣無之候間、若在郷にて病人にても有之頼申度しと申者候はば、罷出度しと再度願申に付御代官善左衛門殿茂兵衛殿へ同廿八日に飛脚遺候へば、御役人方より被仰付候故、在鄕へ出申事成間敷候、右之通預置候樣にと被仰付地頭組合に預け置申候。新町源之助度々がうもんに懸り申由に承候。然は右之覺右衛門源之助四月廿七日に森岡ろうより直々參和賀川北向の川原にて同八ツ下りにうち首に罷成候。新町萬三郎儀三月廿日に善左衛門樣御出なわ懸けつれ立花卷へ御出被成直々盛岡のろうに入源之助覺右衛門と一所に三人うち首に罷成候。其時御代官宮手茂兵衛樣若黨は小走善十郎久作若黨に成、御道具持末本町三九郎、弟三吉は、さみ箱持は下町伊右衛門子平五郎、ざうり取は三八、馬は德兵衛、馬口取は新町より二人出申候。御同心衆六人參候内勘助殿久右衛門殿兩人斗知り申候。覺右衛門首は小頭の子共の由、萬三郎は勘助殿、源之助は興兵衛と申衆切申候。其節茂兵衛樣迎にかうのす迄罷出申候。はう持には興十郎、惣九郎、八兵衛、三右衛子吉之亟、伊右衛門子小十郎、甚十郎、彌市、善兵衛下人小十郎右八人にはう爲持川原迄罷出候へば、氣をつけはう持出候と御褒美御座候。覺右衛門儀はかち町の組合參り候て、首仕廻申候番も右之者共仕候。其日郡山てん屋二人花卷のてん屋六兵衛と申者壹人八幡寺下人三十郎と申者宮村帶刀右五人一日にうち首に罷成候覺右衛門科は他領へ右之もり子かと參候科に依り、新町源之助萬三郎は他領より人買參候宿並に宮村帶刀娘賣候中立仕候故、重科の科によりてきられ申候ごうもんは三日置三日めに取申候。